黒猫の見る夢 if 第13話


書棚に隠れていたルルーシュを見つけたスザクは、よかった、本当によかったと、ルルーシュを抱きしめ、その額に口づけを落とした。
思わず力いっぱい抱きしめたことで、流石に我慢しきれなかったルルーシュに思いっきり頬を引っ掻かれてしまったのだが、それでもスザクは笑顔を崩すことはなかった。
反対に予想以上に深く頬を傷つけてしまい、血が流れ出たことにルルーシュのほうが軽くパニックを起こしてしまい、毛を逆立てたまま硬直してしまった。
これにはスザクも慌て、「この程度の傷、アーサーで慣れているから大丈夫だから、気にしないで」と何度も言いながら頬の傷に消毒をし絆創膏を貼った。
どうにかルルーシュを落ち着かせ、何があったのかを問いただしたのだが、ルルーシュは何も語らず、ただ一言[C.C.と連絡を取りたい]と言ってきた。

「だ、駄目だよ!君、僕を置いて騎士団に戻るつもりなの!?」

スザクは慌ててルルーシュに詰め寄った。
まるで捨てられた子犬のように見えるスザクに、ルルーシュは思わず首を傾げた。
そこはそんな悲しそうな顔をするのではなく、以前のように眉を寄せた厳しい表情で言うべきじゃないか?
そういえば最近のスザクは穏やかな表情をしていることが多いな。
あれか、動物と接することによる癒やし効果、アニマルセラピーか。
アーサーはスザクに大人しく撫でられる事はほぼ無いが、俺はスザクが満足するまで我慢しているからな。
その結果、穏やかな気持になっていると。
ここまで効果があるなら、ナナリーに盲導犬をとスザクに頼んでみるか。
そんなことを一瞬で考えた後、スザクの瞳をじっと見つめた。

「にゃぅ・・・ふにゃあにゃあ、にゃあ」
(置いてって・・・戻れるなら戻りたいが、今は確認したいことがあるんだ)

猫の言葉では分からないだろうと、ルルーシュはカタカタとキーボードを打ちながら答えた。スザクはそちらに視線を向けたあと、眉を寄せてルルーシュを見た。

「確認したいこと?」

僕に答えられないこと?

[そうだ。ギアスと、コードに関わることをな。だから、お前では無理だ]

ギアス。
その言葉に、スザクの目はみるみる据わっていった。

「嫌だ」
「にゃあ」
(頼む)
「絶対、嫌だ」

聞く耳持たないというようにスザクは言い切った。
不愉快そうにこちらを見つめるこの表情。
これは絶対に考えを曲げない時のものだ。
ルルーシュは少し悩んだ後、カタカタとキーボードを打った。

[スザク、大事なことなんだ。お前も一緒にいていいから]
「にゃうぅ」
(だから、頼む)

一緒でいい。その言葉に、スザクはじっとルルーシュを見た。
それはつまり、黒の騎士団のゼロしての話ではないという事だ。
もしかして、ここを荒らした者と関係が?
もしそうなら、その話はぜひ聴きたい。
いや、今後のために知る必要がある。

「・・・ここからの通信でいいの?」
[盗聴の可能性が無く、通信記録が残らないというのであれば、ここでもかまわない]
「ああ、記録か。固定電話も軍のものだし、携帯も記録されてる可能性はあるか。分かった。じゃあ、明日外出した先で連絡を取ろう」

一緒にいていいのであれば、連れ攫われる心配はないしね。
にっこり笑顔付きでスザクは言った。
先ほどまで断固拒否の姿勢を取っていたスザクがあっさりと許可を出したことにルルーシュは驚いたが、連絡を取ってくれるというその言葉に素直に礼を言った。

「いいよ、気にしないで。・・・さて、部屋片付けないとね。君が怪我でもしたら困るし」

躓いて転んだり、書類で足を滑らせたら大変だ。
落ちてるものを踏みつけて肉球を傷つける可能性もあるしね。

「ふみゃぅ」
(馬鹿にしてるのか)

スザクはルルーシュ不機嫌そうな鳴き声に思わず苦笑しながら、床に散らばった物を拾い集めた。



翌日。
午前中は時間が空いていたため、スザクはルルーシュを連れて町へ出た。
電気屋でパソコンに接続するタイプのマイクとネット接続関係の機材を購入し、手近なビジネスホテルに入ると、鞄をそっとベッドに下ろした。
さすがに猫を抱いてホテルには入れないため、ルルーシュはパソコンと一緒にこの鞄に入れてここまで来たのだ。
すぐに鞄を開けると、疲れたような顔のルルーシュが見上げてきた。
そっと抱き上げると、ようやく狭く息苦しい所から抜け出せたと、大きく息を吐いていた。
ちなみに、連れてくる条件の1つとして、大きめの赤いリボンを首に巻いている。
やっぱり黒猫には赤いリボンだよね。
ほんと、よく似合う。
ルルーシュがフルフルと首をふると、そのリボンがひらひらと揺れた。
ああ、可愛いなあと思わず頬が緩む。

「ごめんね、苦しかったよね」
「うみゃあ」
(大丈夫だ)

そうはいっても疲れた声音の黒猫に、スザクは表情を曇らせ眉尻を下げた。
ルルーシュを入れるなら、もう少し底が広い鞄を探した方がいいだろう。
こうして隠して連れ歩けるなら、他の猫の視界に入ることも無いし、何処にでも連れて歩けるから、侵入者の心配をしなくて済む。
・・・ラウンズの制服でも違和感のないもの、帰ったら探そう。
そう考えている間に、ルルーシュは手早くパソコンを立ち上げると、キーボードを軽快に叩き始めた。あっという間にネットが接続できる環境を整え、スザクの見たこともない黒い画面を開いた。
真黒い画面に次々打ちこまれていく白い文字。
暗号にしか見えない文字の羅列にスザクは眉を寄せた。
聞くと、万が一軍にこのパソコンを調べられたときの為のプログラムだという。
それはあっという間に組み上げられ、納得のいくものが出来上がったのだろう、ルルーシュはその画面を一度閉じると、何やら画面を開き始めた。
そこに浮かび上がったのは黒の騎士団のエンブレム。
よし、成功したな。と言いたげにルルーシュは頷いた。
どうやら通信回線を開いたらしい。
しばらくすると相手側の回線が開き、画面には新緑の髪の少女が映し出された。
慌てて開いたという様子だったのに、その表情が曇り、眉を寄せた。

『・・・誰だ?この回線を知っている者は、一人しか居ないはずなんだが?』

ここにカメラは設置していないため、C.C.の画面でこちらを確認することはできない。
ゼロ専用回線を開いたのが誰なのかを窺っているようだった。
すると、ルルーシュはパソコンの画面いっぱいに映されていたC.C.の通信画面を半分ぐらいのサイズに変えると、隣に文章ソフトを立ち上げた。
そしてそこに何やら打ち込むと、スザクに視線を向けマイクに触れた。

「え?僕に喋れって言うの?あ、そうか。君、話せないもんね」

スザクの声がマイク越しにC.C.にも聞こえ、あからさまに不愉快そうな顔でC.C.は睨みつけてきた。

『どうしてお前が・・・。まさか、そこにあいつがいるのか?』

あいつ、つまりルルーシュのことだろう。
傍受されることを警戒し、C.C.はあえてスザクの名前もルルーシュの名前も口にはしなかった。流石だ、ルルーシュに信頼されているだけある。

「そうだよ、ここにいる。だけど今は話すことは出来ないから、僕が代理で君と話すことになりそうだ」
『理由を聞いてもいいか?』

カタカタとルルーシュが画面に打ち込んでいく音が響く。
そのことに気づいたらしいC.C.はその美しい顔を歪め、眉間に皺を寄せた。

「皇帝の力と言えばわかるのかな?」
『シャルルが、使ったのか?・・・なるほど、この音はあいつがキーボードを打っている音か。・・・よく生きていたな』

ほっとした表情を浮かべ、そう言った彼女は本当にルルーシュを理解しているのだということが解った。
そして、理解力が高い。
わずかな情報であっさりと彼女は真実にたどり着く。
そして、獣となったことに絶望し、死を選ばなかったことに安堵しているのだ。
気に入らないな。

「危なかったけど、今は僕のところにいるから大丈夫だよ」

不愉快だということを隠さないスザクに、C.C.もまた不愉快そうに眉を寄せた。

『・・・そうか。それで?・・・先に言っておくが、それは私には解除できない。お前のものと同じく、あれは強力すぎるからな。お前の居場所を知らせてくれれば、すぐにでも迎えに行く』
「ちょっ、まって。誰も君に返すなんて言ってないだろ!」
『煩いぞ。それは元々私の物だ。お前の物ではない』
「なっ!それはどういう・・・え?ああ、ちょとまってよ、今彼女ときっちり話を・・・いっ!痛っいたたたたたっ!解った、ごめんっごめんて!それ本当に痛いから!」

本来の目的とは別の事で盛り上がっているスザクの手を、遠慮なく何度か引っ掻いたルルーシュは、いいから読めと言いたげに、画面を指差した。
血のにじんだ手を擦りながら、スザクはルルーシュの打った文章を口にした。

「C.C.、皇帝以外に能力者がいるの?彼の話だと、アーニャ・・・ナイトオブシックスに誰かが掛けているようなんだ」
『あの娘に掛かっているものには心当たりはある。が、どうした?』
「・・・え?アーニャが部屋を荒らしたの?・・・痛っ!解った、読むから、引っ掻かないでっ」
『いいから、じゃれ合ってないで話せ。時間もないのだろ?』
「うん、えーと。アーニャが自分を探しにやってきた。その様子から、おそらく誰かの影響下にあることは分かったが、彼女は奇妙なことを口にしていた・・・え?ユフィを殺し、友に裏切られ辛い思いをした俺に、これ以上辛い思いをさせないために、この姿にしたと・・・何、これ?」

スザクはその内容に思わず眉を寄せた。
画面の向こうのC.C.も同じだ。
カタカタと文字を打つルルーシュを見ていると、いいから読めと軽く爪で引っ掻かれてしまい、スザクは続きを読み進めた。

「神を殺す。そして新たな世界を創造する。その世界は嘘が無く、本当の自分でいられる世界で、すべての人と解りあえるのだという。そして、その世界を生み出した皇帝に皆が感謝することになるそうだ。そのための侵略戦争だと、彼女は言っていた。お前はこの話に心当たりはあるのか?C.C.」

出来の悪い三文小説。
あり得ない夢物語。
そんな内容を僕は読みあげた。
どういうこと?という意味でルルーシュに目を向けるが、彼の瞳は画面の中の彼女に向けられ、そこから動かなかった。
しばらくの間、内容を理解するためかC.C.は思案した後、その口元に笑みを乗せた。
それは喜びの笑みではなく、明らかに馬鹿にしたような笑み。

『・・・辛い思いをしたから、獣の姿にしただと?お前がそんな屈辱に耐えられるはずがないだろうに、自ら死を望んでもおかしくないほどの地獄を与えておきながら、そんなことを口にしたか・・・マリアンヌ』

言葉を紡ぎながら、次第に憤怒といってもいいほど表情を変えたC.C.は、最後にその名前を口にした。
その名前に、ルルーシュのキーボードを打つ動きが止まる。

「マリアンヌ?それって・・・」

ルルーシュとナナリーの母の名前。
皇帝の膝元であるアリエスの離宮で暗殺された、かつての皇妃。
何故その名前が?同名の別人か?
ルルーシュの瞳はすっと細められ、怒りを宿したC.C.を見つめた。

『・・・駄目だな、もう、限界だ。あいつらはあの子だけではなくお前にまで・・・・!すまないが、こんな傍受される恐れのある通信で語れるような内容ではない。だから、詳しく話すわけにはいかないが、お前が知った情報は、真実だということは伝えておく』
「こんな話が、真実?」
『そいつの力の話だって普通なら一笑されて終わりだろう?断言しよう、あいつの目的は神を殺し、新たな神となることだ、と。今話せるのはそれだけだ』

僕はルルーシュが僕の腕を引っ掻き、C.C.に言えと、沢山打ち込んでいた文章を指し示すのを完全に無視し、じっと彼女を見つめた。
彼女が話しているのは、真実なのだろう。
認めたくはないが、嘘は吐いていない。
苛ついたのかルルーシュが噛み付いてきたので、宥めるようにその頭を撫でた。

「どうして君がそんなことを知っているんだ?」
『決まっている。私がC.C.だからだ』

画面の向こうのC.C.は、それまでの真剣な表情から一転、不敵な笑みを浮かべてそう答えた。
ルルーシュがイライラと尻尾をテーブルに打ち付けながら、自分が聞きたい内容を彼女に質問しろと、画面を指しながら訴えてくるので、一応、ざっと目を通してみるが、どれも僕には不要な内容だった。
・・・ルルーシュは知りたいことだということは十分理解したうえで、その文章を口にするのを拒否していると、ルルーシュは諦めたように首を振った後、カタカタカタと、再びキーボードを操作した。

[もういい、十分だ]

そう書かれた文字にほっとした。

「うん、解った。C.C.ありがとう。もう十分だよ」
『そうか。で、どうするんだお前は。そこにいるつもりか』

それはルルーシュに向けられた言葉

「返すつもりはないよ」
『だが、あいつらは枢木に一言もなくお前を奪いに来たのだろう?このままだと確実にあいつらの手に戻されるぞ?』
「手放すつもりはないよ」
『お前の意思などあいつらには関係ない。自分たちが幸せになるための結果しか見ていないからな』
「・・・切るよ」
『後悔するぞ』

C.C.のその警告を無視し、僕は通信を切断した。ルルーシュはそんな僕に一瞥した後、再び黒い画面を開き、何やらプログラムを打ち始めた。
おそらく今の証拠すべてを消すための物。
僕は疲れたと、部屋に設置されている冷蔵庫に向かった。中に入っていたペットボトルを取り出すと、その冷たい水を煽るように飲んだ。
多くの人が死んだ。
多くの人が苦しんだ。
その理由がこんなくだらないものだなんて。
日本が奪われた理由が、こんな。
うなだれ、力なくベッドに座ったスザクを横目に見ながら、ルルーシュはカタカタとキーボードを叩き続けた。

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